私、これから処刑されるひとみたい。
何らの罪もないプリマの心に、そんな感想がぽかんと浮かんだ。
八歳の誕生日。今日、幼い彼女は結婚の約束を交わしに家族と相手の屋敷を訪れていた。
婚約者の名はルイゼット・ヤミダ。ひととなりも、顔も、知らない。あとは……将来はヤミダ家の当主に……処刑人になるということ……それだけ。
処刑人というのは途方もなく重い罪を犯した者に死の罰を与える者。
聡くとも幼いプリマが理解し飲み込んだのはその一点だけだった。それ以上についてはもっと大人にならなければ良いも悪いも口にしてはいけないのだろうと。
けれどもそんなプリマを置き去りにして、家同士の話は進んでいた。プリマの家とその親族が、数少ないヤミダ家に入れる資格を持つという。
「プリマ、やさしくて強い私たちの娘」
「きっと次のヤミダの当主様を支えるのよ」
両親はそう言う。しかし本人のうちには何かはずれくじを引かされたような拗ねた気持ちと、与えられた役目を全うしなければという悲壮な覚悟が入り混じったままだった。
…………私、これから処刑されるひとみたい。
せいいっぱいに着飾られたはずなのに、暗い色合いのドレスを喪服のようにプリマは思った。
そうして、心ここに在らずのまま…彼女は大きな屋敷で両親とはぐれてしまったのだ。
どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう。
お父様とお母様を困らせてしまう。
ああ、こんなに大きなお屋敷なのにどうして使用人のひとりとも出会わないのだろう。
このまま私のせいで婚約のお話がなくなってしまったら、……なくなったら…………。
惑う心のままの足取りにつられ、プリマはいつしか中庭に出ていた。東屋が見える。とりどりに咲く見慣れない花々の中をふらふらと歩いて転げ込む。そこで初めて人影を見た。
「……あなたは……」
こぼれ落ちたプリマの声に気づいて見返す切れ長の瞳は柘榴石、結い上げたつややかな髪は鴉羽、くちびるは穏やかな三日月を描いて微笑んでいる。
……年頃はプリマと同じくらいに見えたが、以前に読んだ東の果ての物語にあったうつくしい人形のようだった。思わず胸の奥が揺れて、いっぱいになっていた不安にさざ波が起こる。
「……すみません、私…迷子になってしまって………」
人形は微笑みのまま頷く。そのいかにも優しげな仕草、堪えられない。
「あの……こちらの、ヤミダの、お嬢様ですよね……私、あなたの…えっと、きっと…お兄様と結婚のお約束に来たんです」
人形の柘榴石がきょとんとまるくなったが、プリマはもう止められない。
「でも、でも、私、まだこどもで、何も、ヤミダの大切なお役目のこと……ルイゼットさまのことも何も…何も知らないままで…!」
そこからはもう言葉にならなかった。しゃくり上げるプリマを、人形のようなこどもはただプリマが泣き止むのを待っていた。そのまま、ずっとそのまま。どれくらいか経った頃にこどもは静かに口を開いた。
「私も未だヤミダというものを理解してはいません、それにあなたのこともまだ知らない……同じですよ」
静かな声は、高音ではあるが確かに少年のものだった。今度はプリマが目をまるくする。
「改めて初めまして、ルイゼット・ヤミダと申します」
姿を見つけたその時から何ひとつ揺らがない、凪のような微笑みのままルイゼットは告げた。
穏やかな柘榴石の底がプリマにはまるで見えずに、このひとはヒトではない何かではないのかしら、一瞬そんなように思ってしまった。